2003年以降26頭の犬と25人のハンドラーが戦死


 


マックス (2015年)
軍用犬として高度な訓練を受けたマックスは、激戦地アフガニスタンの最前線で飼い主であるジャスティンの兄と共に、任務についていた。その任務中における飼い主の突然の死。心に深い傷を負ったマックスは、飼い主の弟ジャスティンのもとに送り返されることになったが・・・。

アマゾンプライムのレコメンドで表示されたので、思わず見たら面白かったです。字幕版は内容がよく理解できない所があったので、吹替版がオススメです。
今回の記事のタイトルは作品のエンディングの言葉ですが、この作品自体はファミリー向けで、近年出会わなくなった(私が変なのばかり見ているだけなんでしょうけど)王道作品になっていると思います。

犬は人間と密接に関わって色々な役割を果たしていますが、この作品のエンディングの写真を見て心動かされるものがあり、「軍用犬」の歴史を調べてみました。

以下は時間のない方向けにウィキペディアの内容を中心に引用し、端的にしたものです。(ウィキペディアに掲載されている写真も心揺さぶるものがあります)

愛犬家にとって心が痛む内容が含まれていますので、閲覧にはご注意下さい。

 

日本の軍用犬の歴史

1894年-1895年 日清戦争 警備犬としての運用が少数有

1904年-1905年 日露戦争 警備犬としての運用が少数有

1910年 台湾の高砂族の武装蜂起 警察犬の供給を受け探索犬として運用

1914年-1918年 第一次世界大戦 ジャーマンシェパードの移入後本格的な軍犬の運用


出典:Flaurentine
ジャーマンシェパード
(ドイツ語: Deutscher Schäferhund 英: German Shepherd Dog)ドイツ原産の犬種。「ドイツの牧羊犬」という意味で、日本国内ではシェパードと呼称されることも多い。

陸軍歩兵学校内に軍犬育成所が置かれ、シェパードを中心にドーベルマンやエアデール・テリアも用いた軍用犬の育成が行われた。


出典:Diannotti
ドーベルマン
(Doberman)はドイツ原産の犬種。


エアデール・テリア
(Airedale Terrier)は、イギリスのヨークシャーにあるエア渓谷(エアデール)を発祥とする、テリア種の犬。しばしば「エアデール」と短縮されて呼ばれている

1931年(昭和6年) 満州事変以降、伝令犬や警備犬として中国戦線で顕著な活躍をみせ、人間の兵士同様犬の出征壮行が行われる例も

1933年(昭和8年) 軍用犬の受け入れ窓口として社団法人帝国軍用犬協会(現・日本警察犬協会)発足

1932年(昭和7年)-1945年(昭和20年) 満州国の成立以降は関東軍が軍犬育成所を満州国内に設立、最盛期には3500頭以上の軍用犬を飼育。同時期に大日本帝国海軍も警備犬として軍用犬の導入を開始

1941年(昭和16年) 太平洋戦争以降は連合国側の軍用犬戦術が向上し、次第に日本側の軍用犬の活躍は見られなくなっていった。

1944年(昭和19年) 犬猫献納運動 皮革を得るため多くの犬猫が屠殺され、結果として軍用犬の供給経路も消滅

1945年(昭和20年) 沖縄戦では日本兵と共に多くの軍用犬が戦い、そのほとんどがハンドラー(パートナーの兵士)共々戦死している。日本の軍用犬は勇敢であったが近代兵器の攻撃には余りにも無力であり、皮肉にもこの事実がアメリカ軍を始めとする近代的な軍隊から攻撃犬としての軍用犬の運用を排除する契機にもなった。

敗走の際の飢餓により、軍馬と共に食料として屠殺される例が少なくなかった。
敗戦後も多くの日本軍犬は復員船で帰還する事ができず、そのまま戦地に遺棄される事となった。
日本軍の武装解除に当たっては各種の軍用動物も重要な鹵獲対象として位置付けられていたが、軍用犬の場合は新しい主人に懐かないなどの問題からその場で敵軍に殺害される例も少なくなく、エアデール・テリアがイギリス軍に整然と引き渡された僅かな成功例が残る程度で、結局日本国内に無事に帰還出来た軍用犬は僅か数頭に過ぎなかったという。
国内に残された訓練中の犬も日本軍の解体により行き場を失い、戦後の食糧不足の中、口減らしの為に殺処分されたり(食料となる前提で)市場に放出されるなどして、多くは悲惨な末路を辿っていったとされている。

1950年(昭和25年) 警察予備隊の発足と共に、警備犬としての軍用犬の供給・運用が再会され、保安隊での保安犬を経て陸上自衛隊でも昭和30年代後半まで警備犬の運用が行われ、現在では廃止。海上自衛隊と航空自衛隊では現在も警備犬を採用している。(航空自衛隊では2013年(平成25年)まで「歩哨犬」という名称を使用)
海上自衛隊の警備犬の中には災害救助犬の検定に合格している犬が二頭おり東日本大震災において災害出動を果たしている。

日本の軍用犬の歴史の詳細は以下のブログを見て勉強中です。
帝國ノ犬達

 

アメリカの軍用犬の歴史

1775年-1783年 アメリカ独立戦争 伝令犬としての運用記録有

1817年-1858年 セミノール戦争 伝令犬としての運用記録有

1914年-1918年 第一次世界大戦 兵士の士気向上の為の軍事マスコットとしての利用に留まる

1939年(昭和14年)-1945年(昭和20年) 第二次世界大戦 本格的な軍用犬の運用

当初は太平洋の島嶼戦に於いて日本人のみを選別して殺傷する目的で大型犬を中心とした軍用犬部隊が組織されたが、余りにも従順で、砲撃の轟音に弱かった事から、攻撃犬としての運用は放棄。
戦後、こうした軍用犬のうち549頭が帰国したが、多くは戦時中のハンドラーにそのまま引き取られる形でしか市中に戻れず、最終的に4頭は市民生活にに完全復帰できず。その後は主に地雷などの爆発物を検知する検知犬や、歩哨犬としての運用が主流になる。

1955年(昭和30年)-1975年(昭和50年) ベトナム戦争
4000頭以上の軍用犬を投入、ブービー・トラップの発見などで成果を上げているが、戦争終結後に帰国できた犬は僅か200頭余り。
軍用犬の戦死や、敗走の際の遺棄などはハンドラーのベトナム帰還兵にもPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患わせる結果を生んだ。

1979年(昭和54年)-1989年(昭和64年) アフガニスタン紛争 軍用犬が3000頭以上が活躍(映画マックスより)

2000年 ビル・クリントン大統領の署名により、「軍事作業犬の帰還プログラム」が成立。アフガニスタン紛争やイラク戦争に参戦した軍用犬が里親の元で適切に市民生活に復帰する為の取り組みを開始。

2003年(平成15年)-2011年(平成23年) イラク戦争 軍用犬が3000頭以上が活躍(映画マックスより)
捕虜収容所やグアンタナモ湾収容キャンプなどにおいて、尋問の際に軍用犬を捕虜や収容者にけしかける脅迫が用いられているとして新たな人道上の問題を生む。

2011年(平成23年) Navy SEALsが運用するマリノア犬の「カイロ」が、海神の槍作戦(ウサーマ・ビン・ラーディンの殺害)に参加して成果を挙げている


出典:Pleple2000
マリノア犬(ベルジアン・シェパード・ドッグ・マリノア)
(英:Belgian Shepherd Dog Malinois)とは、ベルギー原産の牧羊犬種である。ベルジアン・シェパード・ドッグの愛好家などからは単にマリノアと呼ばれることもある。

軍用犬の役割を見て知った衝撃的用途

□警備・哨戒

□探知
 負傷兵の捜索
 地雷や爆発物の探知

□戦闘
 現在ではほとんどない。

□伝令

□輸送

□対戦車犬(地雷犬)
対戦車地雷を背負わせ敵戦車の下に潜り込ませて破壊させる。第二次世界大戦中にソビエト連邦軍が用いた。

他、1943年(昭和18年)にアメリカ軍では、敵の陣地を破壊するために、犬を訓練して爆薬を運ばせる試みが行われたが、所期の効果が得られず中断。イラク戦争の大規模戦闘終結後、2007年(平成19年)頃に反政府武装勢力が爆弾犬を使用している。
(ウィキペディア 対戦車犬)

 

 

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